『歴史通』5月号に保守論壇の重鎮、中西輝政氏の
「政治に譲った歴史認識」という連載の最終回が掲載されている。
タイトルは「さらば安倍晋三、もはやこれまで」。
かなり長い論文だが、その中からごく一部を引用しておく。
「(平成27年)8月に出された…いわゆる安倍談話は、
あの村山談話を『ゆるぎなく継承』しただけでなく、未来に向けて
決定的な形で確立させることになった。
…昨年末の12月28日に政府が突如、発表したいわゆる
『日韓慰安婦合意』は、文字通り河野談話を最終的に踏襲したもの
として全世界に発信され、『日本の安倍首相は、これまでの主張を
翻して、ようやく慰安婦の強制連行を認めて最終的に謝罪し、
日本政府の公金で正式に賠償することを申し出た』と報じられた。
これはまさに、河野談話が不可逆的に国際社会に定着することに
なった瞬間であった。
そして20数年、河野談話の見直しを求めて戦ってきた
日本の保守にとって間違いなく、悲劇的結末を迎えた瞬間であった。
…もはや、いかなる理由を並べ立てたとしても、政治的には、
保守政治家・安倍晋三の死は、否定のしようがないであろう」
「長年にわたって河野談話の廃棄、見直し、克服を求め訴え続けてきた
保守系のメディアやオピニオン・リーダーは今なぜ、強い危機感を
もってこのことを一般国民に伝えようとしないのか。
…この沈黙は一体全体どうしたことなのか」
「安倍政権の本質は、『外務省の、外務省による、外務省のための
政権』と言ってよい」
「外務省OBの宮家邦彦氏は…次のような趣旨の大変興味深いことを
語っていた。
『安倍総理は政治家として必要な支持基盤を固める活動をしているとき
の言動と、総理として実際の政策を遂行するときの政策を峻別しておら
れます…』
…保守派から見てつねに、つきまとってきた安倍氏の本質的な
『わかりにくさ』の根因はここにあったのである」ー